2012年03月26日

「親の責任」








テンションが上がってるんでしょうが・・。







先週、打ち合わせで東京へ行って来ました。
朝8:20の電車で行って、その日の夕方18:12分の電車で帰って来たんですけどね。

その帰りの越後湯沢から乗った ”はくたか” での話。

新幹線からの乗り継ぎも終えて、「さあ、ゆっくり食事を・・。」って思ってたら、子供連れのお母さん方の集団が同じ車両。
案の定、子供達が騒ぎだすんですね。

この列車が動き出してから富山でこの方達が降りるまで、づ〜〜〜っと喋りっぱなし。
よくもまあ子供ってのは疲れないものだ。なんて感心してる場合じゃない。

食事も終わって、少し眠ろうかと思ってもやかましくてそれどころじゃありません。
不快に感じたのは自分だけじゃないはずです。

これどうなんでしょうね。
公の場所に子供を連れて出るってことは、道徳を教えるチャンスなんだと思うんです。
どんな場所に居ても、自分の家のリビングにいるのと同じ感覚じゃぁ いけないんじゃないの?

さぞかし楽しい旅行だったんでしょう。
でもね、同じ空間に居て、そこから出るって選択ができない集団の中で、いろいろな人間がいるってことを教えるべきです。

お母さん方までが、時には大きい笑い声をあげて喋ってましたから。

そう言えば、まだウチの子供達が小っちゃい頃、銭湯に浮き輪を持って来て子供を遊ばせていた親もいたなぁ。

駐車場での車の止め方を見ても、自分さえ良ければ・・。っていう止め方してる車、多いですもんね。

親の責任は重い。


oyano_se.jpg


posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月19日

「欲の種類」







欲と煩悩は違うらしい。






久々に風邪をひきました。

父親を総合病院に連れて行く機会が多いものですから、当然もらう確率も高くなるってことかな?
マスクとかウガイとかっていう防衛策をとればいいんだろうけど、どれも面倒くさいんでやる習慣がありません。

風邪は万病の元と言いますから、ナメちゃいかんのでしょうけど、葛根湯を飲んで寝るだけ。

これ原始時代だったら自然に任せるしかないわけです。
病気とか寿命とかってことだけで考えても、自然に逆らって生きているのは、地球上では人間だけなんですよね。
ヒトよりも長く生きたいとか、ヒトよりも若くいたいとか。
人間は「欲」の固まりでできているってことです。

でも、この「欲」の部分が刺激的で楽しいんですよね。
快感を感じる部分にヒトは引き寄せられて、だからそこが商売になる。

よく考えると、広告とかデザインってのは、その「欲」の部分を刺激するって仕事なんだよなぁ。

「美味いものを食いたい。」
「いい家に住みたい。」
「時間を自由にしたい。」

皆が思う事。

でも、本物の芸術家の場合はどうなんだろう?
「欲望」と言えば、良い作品を創ることだけ?
修行僧と同じ感覚なのかも知れません。

ますます自分とは、かけ離れた世界。


ちなみに、『煩悩』ってのは、人間の貪り・愚かさが原因となる「欲」の曲がった形らしいです。
怒り・怠け・慢心・妬み・怨み等。



yokuno.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月12日

「節目」







3月


ひと区切りをつけるための月です。

悔しい思いをしながら節目を迎える人。

希望に燃えて節目を迎える人。

変わろうとして節目を迎える人。



元旦には夢や理想を願うとして、3月はそれを具体的に考えたくなる月なのかも知れません。

「変わらずにいること。」

そんな目標は変でしょうか?

その為には、描き続けなくてはいけませんから。



また挑戦の一年。



fusime.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年03月05日

「頑固者ではなくて」









「自分、不器用ですから。」なんてね。
 そう言ってみたい。








父の介護をしていて、将来自分もこうなるかも知れないと思うと、歳をとるのが怖くなるのですが、そんな極端なことでなくても、人間歳を重ねると、できることが少しずつ減っていきます。
思うように身体が動かなくなったり、頭の回転が悪くなったり、物忘れが多くなったり。
いろいろな意味で不器用になります。

若い頃はどんな仕事でも「こんな絵描ける?」って言われると、意地でも自分なりに描き上げたものです。
今から考えると、単に技術の切り売りみたいなもので、そんな事に何の価値もないんですけどね。

でも、イラストそのものの仕事が少ない、小さな地方都市で生きてゆくには、あらゆる仕事をやらなければならなかったことも事実です。
雑誌イラストレーションの編集長に「地方のイラストレーターがどうやって仕事をしてるのか?それをエッセイ風に毎回書いてみませんか?」そんな仕事を頼まれたこともあるくらい、いろいろなタッチの絵を描いてきた。
当時、文章を書くことに自信がなかったんで、お断りしたんですけどね。
(今、自信があると言う訳でもありません。)


歳を重ねて不器用になる。

その事自体は、ものづくりをする人間にとってとっても良い事なんじゃないかな?
最近はそう思うようになって来たんです。

自分が描くよりも、他のヒトが描いたほうが良くなると思えばそれを相手に勧める。
自分が描きたくないと思った絵は描かない。
そうすることが増えてきた。

どんどんできることが減っていって、興味あるものが絞られてくる。
どんどんそれを深く掘り下げることができる。

食って行く手段は別のこと。

「自分、不器用ですから・・。」
っていう大御所の役者さんもいますが、その域までいけば大したものです。

そもそも「ものづくり」をやってる人間は、不器用な生き方しかできないから、この世界にいるのか・・・?



ganko.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記