2014年10月27日

「無数の後押し」








頭の中ではタイムマシーンに乗ってます。






父の死後、いろいろとその雑務に追われて、父の戸籍を取り寄せたりもします。

こんなことが切っ掛けで、自分のルーツを知りたいと思う人もいると思うのですが、個人でそれをやろうとすると、とっても大変な事は想像できます。

昔は本家に行くと、先祖の写真が額に入れて順に飾ってあった。
そんな家が少なくなかったと思うのですが、最近では滅多にそんな風景にはお目にかかりません。

戸籍にある、父の親のそのまた親の名前や兄弟の名前を見るだけで、当時の家の環境や、本人の顔を想像してしまいます。
それと同時に、これ以上の無数の先祖が自分という人間の土台となってくれていると思うと、心強い気持ちにもなる。

いずれ自分達も何百年後かには、想像の人物になってしまうのかと思うと不思議な感じがします。

当時、先祖の皆さんも同じことを考えていたのかも知れません。
でも、取りあえずは、今を一生懸命生きる。

それが家の歴史を繋げていくんだと思う。

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2014年10月20日

「ダジャレおじさん」








フトンがふっとんだ。






今日、10月20日は(とうはつ)頭髪の日らしいですね。

何とかの日ってのは大抵は駄洒落的なこじつけが多いのですが、よく考えるものだと関心します。

自分はそのダジャレが苦手なもんですからね。
これが得意な人は頭の回転が早いのだと思います。

この駄洒落は親父ギャグと言い換えることもできるのでしょうが、何でオジサンになると無理矢理のようなギャグを言いたがるのか?

1. その場を和ませたいと言う、気遣い。
2. 注目されたい(かまって欲しい)と言う、欲求。
3. 老化を防ぐための頭の体操。

これくらいしか思いつかないのですが、3番目の頭の体操に関しては、脳が本能的にそういう運動をしてるんじゃないでしょうか?

これらを総合すると、ダジャレオジサンは良い人なんですけどね。
でも明るく振る舞っているようで、実は寂しがりやなのかもしれないですね。

駄洒落が苦手な自分でも、周りを笑顔にしたいって欲求はあるものです。
やっぱり、人は笑顔が好きなんです。
笑顔が好き、笑顔が見たいから人のために何かをしたいと思う。

それが仕事ってもんなんですよね。

散々書いた後で言うのもなんですが、自分の周りにはダジャレオジサンよりも、下ネタオジサンの方が多いようです。

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2014年10月13日

「普通に考えて」








取って付けたようなルール







プロ野球はクライマックスシリーズで、野球ファンは盛り上がっていることでしょう。

でも、このシステムになってから、どうも納得がいかないのです。

一年間戦い続けて、ようやく一等賞になったのに、日本一を決める試合に出場できないかも知れない訳でしょう?

144試合でしたかね?も戦い抜いたのに、最後の数試合で日本一への挑戦権さえも、もらえなくなるかも知れないんです。

例えば、ペナントレースで3位だったチームが日本一になったとしましょう。
嬉しいんでしょうか?

リーグで3位は3位です。
そのチームが日本一ってのはどう考えてもおかしいですよね。

日本野球機構が稼ぐために考えたことなんでしょうが、いかにも日本的な、上っ面だけのシステムです。

100歩譲って、シーズンの後半は優勝が決まってしまうと、消化ゲームが増えて、観客動員数も減ってしまうから、どうしてもこれをやりたいってのなら、こうしてはどうでしょうか。

3位のチームと2位のチームが予選として戦います。
これは現状と同じ。
そして、生き残ったチームと、年間の優勝チーム2チームが各リーグ代表として、4チームで日本一を決める総当たり戦を戦う。

ペナントレースの優勝チームは無条件でこのリーグ戦に出場できるのですから、理にかなっているでしょう?

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2014年10月06日

「繋がっていた時間」







あとになって分かること。






宗教とか信仰とかってのは、目に見えない存在を理想的に作り上げて、存在がないからこそ偉大な偶像を作ることができてるんだと思うんです。

でも、逆にそこに存在があるからこそ安心感が持てたり、自問自答の機会ができたりするのが人間じゃないだろうか?

父が亡くなって、改めて感じるのは、人ってのはそこに存在があるだけで、その他の人に影響を与えているってこと。
寝たきりで、話すことも意思表示も出来なくても、そこには確実に安心感が伝わるってこと。

そして、亡くなった今、自分の力の源の一つとなってくれていることは確かだと感じています。

よくドラマや映画のベタな台詞で、「亡くなった方の魂はいつまでもあなたの心の中に生き続けますよ」
なんてクサイ芝居がありますが、これまでその意味が分からなかったんですよね。

でも、父親を亡くして、初めてその言葉を実感できました。

亡くなった今も、その以前より増して自分に力を与えてくれているような気がします。

介護期間は「何で自分だけが、こんな辛い思いをしなきゃいけないのか」とイライラしたものですが、今は父の介護ができて、本当に良かったと感謝してます。
怒鳴ったりしたこともありましたが、父と心が繋がっていた、とっても良い数年間でした。

現在肉親の介護をされている方々、本当に辛いと思います。
でも、肉親が亡くなったあとにご褒美が貰えると思って、頑張ってください。

神様が与えてくれた貴重な時間だと思って・・・。

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posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記