2018年07月16日

「 これからも よろしくね 」






人間の年齢に直すと17歳





先日、愛犬のJoyが1歳の誕生日を迎えました。
我が家の一員になったのが、生後4ヶ月の頃。
だから、彼の人生(犬生?)の全てを知っている訳ではありません。
名古屋で生まれた事以外は、何一つ知りません。
何人兄弟だったのか?どんな親だったのか?どんな家で生まれたのか?

ついつい人間と同じ様に考えてしまうのですが、生まれて間もなく親や兄弟と離れ離れになって、独りぼっちの生活は寂しく感じます。

彼との縁は、たまたまなんです。

自分の両親が旅立って、同居の家族も減り、以前から犬を飼いたいと思っていたのですが、一つの命を預かることに躊躇もありました。

ただ、飼う時はジャックラッセルテリアがいいと思っていたので、気まぐれでペットショップを訪れる度に探していたのですが、なかなかこの犬種を置いているお店はありません。
たまに見つけても、今ひとつ心を惹かれる出会いはありませんでした。

ある日、暇つぶしにペットショップで犬を飼う事そのものの相談をしようと店員さんに話しかけたのですが、そのうちに「ジャックラッセルテリア探して見ましょうか?」と言うことに。すると、「いますよ。ウチの系列のお店に。」「あっ、金沢ですね。」
生後2ヶ月頃の動画も見ることができました。

「カワイイ!」

すぐに面会に行きました。
動画の頃とは違って、少し成長していましたが、自分が思い描くジャックラッセルの容姿にピッタリ。
その一週間後にカミさんを連れて面会に。

家族にすることに決めました。

これは一つの縁です。
人と人が繋がるのも縁です。
家族や友人や仕事仲間も。
何か理由があって繋がっているのだと思います。

犬から人と人との「縁」を感じるのも変な話ですが、改めて「命」と「命」の繋がりを思うのです。


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2018年07月13日

「 朝の散歩 30_0713 」








規則正しい毎日は 疲れる

不規則な毎日は ダラける

規則正しい 崩れがいい

思いがけず 笑えるカケラがあれば

尚のこと いい






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ー金沢 成巽閣 近くー(AM.7:37)
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2018年07月11日

「朝の散歩 30_0711 」






道端で微笑む 可愛い少女

一花咲かせよう なんて思わない

ただ いつものこの場所で

道ゆく人に 微笑みかける

笑顔になる

それだけでいい





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ー金沢 浅野川ー(AM.7:06)
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2018年07月10日

「 朝の散歩 30_0710 」








全ては 家族のため

愛する人のため

飛行機雲は 何を語る

戦争を知らない 果報者は

想像の空を 想う





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ー金沢 石川護国神社ー(AM.7:22)
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2018年07月09日

「 温暖化の牙 」






10年前の洪水を思い出す。





ここ数日の集中豪雨での洪水。
西日本で多くの犠牲者が出ました。
浅野川の辺りに住む自分の環境を考えると他人事ではなく、毎年大雨が降るたびにビクビクしているのです。

本来の日本の四季はどうなってしまったんでしょう。
毎年のように「何十年かに一度の災害」と発表されていますが、もう日本の気候は亜熱帯のようになってしまった。
これが当たり前だと考える方が正解なのかも知れません。
もう「何十年かに一度」ではなく、毎年の事と危機感を持つべきなのでしょうね。

昔、小松左京さんが書いた「日本沈没」という小説で映画化もされましたが、最近の地震や水害を見ていると、沈没はしなくても日本人が暮らす場所は無くなってしまうのではないかと危機感さえ感じてしまいます。

今回は気象庁も迅速に避難指示を発令したようですが、被害者が大勢出てしまった。
自分の身になって考えると、やはりまさか自分の住むこの家が流されたり、水没したりと言うことは考えにくく、ついつい避難が遅れてしまうのだと思います。

自然が相手に完全な防衛はできない。
それを改めて教えられた今回の災害。

温暖化の牙は無情に人々を街を地球を襲う。
その対策はもう手遅れなのでしょうか?


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2018年07月06日

「 朝の散歩 30_0706 」







燃える・熱い・力・輝く・目立つ

赤の 生き方

赤の 命

赤の 使命






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ー金沢 浅野川ー(AM.7:23)

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2018年07月04日

「 朝の散歩 30_0704 」







空が 重い

耐えきれなくて 落ちてくる

厚い雲は 心を 押しつぶす


黒い重圧の 隙間を見つけるように

地に 這いつくばって もがく

必ずある 出口は ある








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ー金沢 主計町ー(AM.7:11)
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2018年07月03日

「 朝の散歩 30_0703 」







夜明け前は 全てが止まって見える

木々も 流れも 草木も眠る

山の背から 光が射すとき

全ての 命が 動き出す

また 1日が 始まる





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ー金沢 浅野川ー(AM.5:51)
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2018年07月02日

「 若冲と光瑤 」






県立美術館の「若冲と光瑤」を見て来ました。





「若冲」は作品集も持っていて、その素晴らしさはよく分かっているのですが、「光瑤」の作品を見るのは初めて。
1700年代に生まれた「若冲」と1800年代に生まれた「光瑤」をなぜ同じ空間で展示するのか?と言う単純な疑問を持ちながらの鑑賞でしたが、なかなか面白かったです。

二人は同じように、鳥をモチーフにする事に共通点がありますが、「光瑤」は、「若冲」に憧れてその作品の模写までしてるんですね。
一見同じ様なスタイルに見えるのですが、実は正反対の表現をしているんです。

日本の美学は、余計なものを削り取って究極に突き詰める表現。
西洋のそれは、ゼロから足して作り上げて行くもの。

また日本人は自然を愛し、自然と共に生きることを喜びとするのに対して、西洋の文化は自然を征服して来た文化。

「光瑤」は若い頃に西洋美術の影響も受け、その独自の作風を作り上げたと年表にも書いてありました。

自分個人としては、日本人古来の感性で描かれた「若冲」の絵が好きなのです。
間を生かし、全体を描き込むのではなく、力を抜く所はサラッと描く。
簡略化し、まるで現代のグラフィックデザインのように描かれた物も。
その構図も、たとえそのフォルムを黒一色で塗りつぶしても美しく感じることでしょう。

見ていてとても気持ちいいのです。

帰宅してからいろいろ考えたのですが、人の生き方にも通じるのかも知れません。
60歳を迎えて、自分にとって必要なものとそうではないもの。
それらを振り分けて生きることが上手な生き方であり、自分にとっての無駄を省いたその生き方のフォルムも美しく見えるのではないかと。

本当に大切な物はなんなのか?
そんな事もついでに考えさせられました。


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★「若冲」に促されて描いてみた。

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posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記