2018年11月14日

「 朝の散歩 30_1114 」





朝 西の空が輝き 東の空が暗い時

幸運の女神達は まだ眠っている

朝日が輝かない その暗い雲の向こうで

優しい 寝息を立てて

西に太陽が傾き 再び空が輝く頃

やっと目覚めた 女神達は

人々に 幸運をもたらす







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ー金沢 浅野川(AM.6:58)ー





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2018年11月13日

「 朝の散歩 30_1113 」






黒子が心踊り 見惚れるほどに

輝き 舞い踊る 主役達

白の緞帳が下りるまで

期間限定の スペシャルステージ

あちこちで 歓声が上がる





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ー金沢 兼六園(AM.7:25)ー


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2018年11月12日

「 見え方は人それぞれ 」





内から出てくる 見え方




昨日久々に証明写真を撮りに行ったのですが、この手の写真は苦手ですね。

普段鏡で見ている自分の顔は、その写真とは左右逆で見慣れない事もあるのですが、自分ってこんな顔?って思う。

しかしカメラのレンズは正直なのです。

人の目は自分にとって良いところだけを見ようとするし、見たくないところは見えなくするし事もできるから。

「朝の散歩」で風景写真を撮っていても同じ画面に暗い所と飛びっきり明るい所がある場合、人の目で見ると両方鮮明に見えるのですが、カメラの目では、どちらか一方しか表現することはできません。明るい所のトーンを引き出そうとすると、暗い部分は黒く潰れてしまいます。

人間の目は明るい部分の景色と暗い部分の景色を脳の中で合成しているから明暗同時に見ていると思えるのだと思います。デジタルカメラで言うHDR機能ですね。

だから肉眼は自分にとって、都合の良い見方ができる。

絵を描くってのはその「自分にとって都合の良い」って見方ができるからこそ描けるのだと思います。
だから同じモチーフを描いても人それぞれ違った絵になる。

その人の趣味や、生き方で物の見え方が違ってくる。
何気なく描いた絵に、その人の内面が見え隠れするのです。

だから展覧会で作品を発表するってのは、実はとても恥ずかしいのです。


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2018年11月09日

「 朝の散歩 30_1109 」






山に 森に 街に降り注ぐ

空で生まれた一滴は 長旅の疲れを 海で癒し

また天に帰る

山に下りた一滴 海に下りた一滴

旅の長さは 違うけど

それぞれが 輝き 地球(ほし)を作る

人の魂も 同じく





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ー金沢 丸の内(AM.7:19)ー




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2018年11月07日

「 朝の散歩 30_1107 」






解禁の朝

選ばれた精鋭が 並ぶ

一軍 二軍 三軍と

買う方も 選ばれる

一軍 二軍 三軍と




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ー金沢 近江町市場(AM.7:30)ー
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2018年11月06日

「 朝の散歩 30_1106 」






ボードに 絵の具をぶちまける

色が 踊る

陽気な彼らに 教わって

遊ぶことを 学ぶ

いつの間にか 絵の世界を 散歩する




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ー金沢 丸の内/金沢城公園(AM.7:30)ー
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2018年11月05日

「 支配されるかも 」






退化するもの 進化するもの




このブログをやり始めたのが、2008年の春。
ダラダラと記事を書いて、アッと言う間の10年です。

その頃に感じて書いたことを改めてここに書くのですが、人間とコンピュータの関係。
その頃はまだAIと言う言葉はあまり一般的ではなかったのだと思いますが、最近のこのAIの進化がますます心配になって来た。

その昔のコンピュータは、人間がやるには煩わしい作業を肩代わりする程度のものでした。
思考することは人間がやってた。

でも最近は思考することさえAIにやらせるようになって来た。
ファンドや株の取り引き、自分が聞く音楽の選択、車の運転、その他様々な家電品の使用まで。
人間が考えて使うのではなく、AIに指示されて人間が動かされているようにさえ感じます。

生物の退化と進化を考えると、使わなくなったものは確実に退化の道をたどることになる。そうなるとAIは進化して、人間は退化するってことにならないんでしょうか?

思考することさえ、人間はAIに敵わなくなる。
SFのパニック映画がそのまま現実になってしまうように感じます。

このまた10年後はどんな世界になってるんだろうか?



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2018年11月02日

「 朝の散歩 30_1102 」






寝ぼけた樹々は 慌てて化粧をした

淡いほお紅と 取りあえずのリップクリーム

人影を気にしながら 何事もなかったように

凛として たたずむ

こちらも 何事もなかったように

シャッターを 切った






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ー金沢 兼六園(AM.7:34)ー
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