2019年01月18日

「 朝の散歩 2019_0118 」






可憐な姿を ベールで包む

隠された姿に 想像を踊らせ

妄想にふける

人の想像力は 貪欲で 限りない





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ー金沢 兼六園(AM.7:30)ー
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2019年01月16日

「 朝の散歩 2019_0116 」






早朝の 冷たい空気の中

窓の灯に 引き寄せられる

その灯に 体温を感じ

その人がいる風景を 想う

ひたむきな目が あちこち動き回り

額に 薄っすら汗を浮かべる

そんな人を




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ー金沢 広坂/石川四高記念文化交流館(AM.7:34)ー
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2019年01月15日

「 朝の散歩 2019_0115 」






東の空を見て 西の夕暮れを想う

嵐が来るのか 輝く夕焼けなのか

分からないことに悩んでも 仕様が無い

今の空が 美しいと思うこと

そんな時間が大切




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ー金沢 浅野川/梅の橋から(AM.7:14)ー

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2019年01月14日

「 燃やすこと 」







天国の両親にお戻ししたい。






まだ自分が幼い小学生の頃、自宅にはカマドがありました。
そのカマドに火を入れる作業が好きで、いつも手伝っていたものです。
火遊びって言葉は、あまりいい意味では使われませんが、その頃の自分にとっては、正に「火遊び」だったのだと思います。

その頃の延長で、今でもバーベキューやキャンプでの焚き火が好きなのかもしれません。

そんな炎を見て楽しむとか、癒しのためではなく、神聖な儀式。
左義長に行ってきました。
地元の氏神様「宇多須神社」へ。

昔から書き初めをこの炎で燃やすと、字が上手くなると言われています。
少なくとも小学校の6年間6枚の書き初めを燃やしましたが、字の方は一向に上手くはなりませんが・・・。

燃やして、天に返すと言う考え方は、日本人の大元にあると思うのですが、そんな対象となるのは人間であったり、神の分身であったり、人の魂が乗り移った物に限られるのではないでしょうか?

日本人の信仰として、神は様々な物や自然にも存在することになっています。
人が愛した物や作られた物には魂が乗り移るって言う考え方もあると思います。

その考えは自分の中にもあって、自分が過去に描いた絵をどう処分したらいいのか?それは常に悩むところなのです。
仕事で描いた簡単なカットでさえ、ゴミ箱に捨てる時は少し躊躇します。

亡くなった父が描いた油絵や、母が書いた習字も同じ。
どう処分すれば良いのか?
火を着けて、天にお返ししたいのです。

左義長に?

とんでもない話です。



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2019年01月11日

「 朝の散歩 2019_0111 」








羽を休めた 鳥は

飛ぶことを 忘れた

仲間が 大空を自由に飛ぶ

そんな姿を見ても

飛ぼうとは 思わなくなった

安住の地にないものに 気付いた頃

羽は 無くなっていた




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ー金沢 小将町中学校(AM.7:11)ー









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2019年01月09日

「 朝の散歩 2019_0109 」







真っ暗闇の中

導いてくれる 人は ありがたい

数え切れないほどある 道に迷う

時として

自分の目には 見えない道が

他人の目には 見えることがある





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ー金沢 浅野川/梅の橋(AM.7:05)ー
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2019年01月08日

「 朝の散歩 2019 0108 」







変わりゆくものがある

時を越え 残るものがある

人々に刺激を与え 花火のように散ってゆくものがある

人々に安らぎを与え 残るものがある






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ー金沢 金沢市立玉川図書館(AM.7:25)ー
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2019年01月07日

「 無意識の中の自意識 」







自分の意識外での力






イラスト表現の追求をやめて、抽象画に惹かれて行ったのには理由があります。

職業としてのイラストは、クライアントの代弁者としての表現を追求するのが仕事です。
それと共に、自己表現としての美的価値観が共有できないとやり甲斐は無くなっていきます。

自分が良いと思った表現が世間からは無視される。
じゃあ、こんな表現はどうだろう?と色々試してみるが、仕事は入って来ない。
デザインやイラストは、時代の需要と共に必要とされる表現は変わって行きます。

自分が全盛期の頃に持った美的価値観は、もうこの時代には必要無くなってしまったのだと思います。

どの道こっちで努力しても必要とされないのなら、いっそ自分が綺麗だと思うものを追求した方が、やり甲斐があると思ったのがキッカケではあります。

何の為に絵を描くのか?
まずは、自分が感動したい。新しい発見をしたい。
そこに行き着くのだと思います。

毎回描く毎に何か新しい刺激や発見が欲しいと思って描いていたんじゃなかったのか?
そんな原点に戻ろうと思いました。

そうなって来ると、自分で意図して描く形やタッチには限界があると思いました。
仕上がりが想像できてしまう。そんな絵には魅力を感じなくなって行った。

描いていくうちにどんどん新たな偶然が偶然を生み、まるで他人が描いた絵を見たような感動。
自分が意図していなかった形や色合いが生まれる。
そんな快感を味わえる技法をどんどん試すようになったのです。

全てが満足いく偶然が生まれるわけではありません。
自分がイメージしたものと違う結果になった場合は、色を削ったりもします。
でもその削った軌跡が面白い結果を産んで、新たな想像を膨らませてくれます。

そんなことを経験していると、人間が自ら考える表現や形には限界があるように思えるのです。
何かしら、自然や目に見えない何かから力を与えられ、描かせてもらっているようにも思えるのです。

もちろんテーマが先にあってのこと。
それをどう表現しようかと、四苦八苦しているうちに神様がヒントをくれるのだと思います。

自分で描いていながら、新しい刺激を与えてもらっている。
これからもそんな時間を大切にしていこうと思います。


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2019年01月04日

「 朝の散歩 2019 0104 」






落ちこもうが 笑おうが

流れる 雲のように

時は 無情に流れてゆく

一瞬の積み重ねが 一日を作り

人生を 作る





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ー金沢 金沢城公園(AM.7:37)ー
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2019年01月01日

「 賀正 」





あけまして おめでとうございます。




今年もよろしくお願いします。
一日経っただけなのですが、改まった気持ちにさせてくれる三ヶ日です。

今日の金沢は、朝から晴れ渡って良い日になると思っていたら
後は、雨模様。
北陸らしい天気です。

朝から酒を飲める唯一の日。
酔っ払いを楽しんでいます。

とは言え、そんな中でも宅急便の配達があり、「そうか今日も働いている人がいるんだ」と感謝。
荷物を受け取った際には「元旦からご苦労様です」「寒いのに大変ですね」と一声かけていました。

そんな働いている方々を思いつつ
少なくとも、今日一日は何も考えないようにします。


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posted by JUNICHI ICHIMURA at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記