2019年01月14日

「 燃やすこと 」







天国の両親にお戻ししたい。






まだ自分が幼い小学生の頃、自宅にはカマドがありました。
そのカマドに火を入れる作業が好きで、いつも手伝っていたものです。
火遊びって言葉は、あまりいい意味では使われませんが、その頃の自分にとっては、正に「火遊び」だったのだと思います。

その頃の延長で、今でもバーベキューやキャンプでの焚き火が好きなのかもしれません。

そんな炎を見て楽しむとか、癒しのためではなく、神聖な儀式。
左義長に行ってきました。
地元の氏神様「宇多須神社」へ。

昔から書き初めをこの炎で燃やすと、字が上手くなると言われています。
少なくとも小学校の6年間6枚の書き初めを燃やしましたが、字の方は一向に上手くはなりませんが・・・。

燃やして、天に返すと言う考え方は、日本人の大元にあると思うのですが、そんな対象となるのは人間であったり、神の分身であったり、人の魂が乗り移った物に限られるのではないでしょうか?

日本人の信仰として、神は様々な物や自然にも存在することになっています。
人が愛した物や作られた物には魂が乗り移るって言う考え方もあると思います。

その考えは自分の中にもあって、自分が過去に描いた絵をどう処分したらいいのか?それは常に悩むところなのです。
仕事で描いた簡単なカットでさえ、ゴミ箱に捨てる時は少し躊躇します。

亡くなった父が描いた油絵や、母が書いた習字も同じ。
どう処分すれば良いのか?
火を着けて、天にお返ししたいのです。

左義長に?

とんでもない話です。



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posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記