ー 閉ざされた部屋 ー
もう誰とも 話したくはないと思った
他人の気配を感じることさえ 嫌だと
安いぼろアパートの小さな部屋が 唯一落ち着ける場所
蛇口から漏れる 一滴一滴の水の音が 心地よく感じる
食べ残しのパンのかけらを 口に入れたが
何の味もしなかった
外に出ると 自分の存在が徐々に消えていく様に感じて
外に出るのが 怖かった
男は目を閉じ 自分の人生を 振り返る
自分さえ良ければと 生きて来たその人生を悔やんだ
ふと見慣れたその狭い部屋を 見回すと
あることに気づく
ドアがない 外へ出るための ドアが
窓はあるが どれだけ開こうとしても ただの飾りの様に固く 動こうとはしなかった
まさに 彼だけの空間 彼が望んだ世界に 閉じこもることになってしまったのだ
ああ もう終わった
そう思って虚ろな日々を過ごした何日めかの朝 床下から 何かがが顔を出した
ドブネズミだ!
「頼む 一緒にいてくれ」
男は すがる様にそのネズミにすり寄るが
ネズミは危険を感じ 逃げ去っていった
しかし ネズミが去ったその穴からは 外の光が一本の命綱の様に 部屋に注ぎ込む
「助かった」
男は 涙ぐみながら いつまでもその穴を見つめていた

ー金沢市 広坂/市役所裏(AM.7:31)ー