2020年08月19日

「 朝の散歩 2020_0819 」








光と影の使者達が 隣り合う

互いに競い合うのではなく

光は影となり

影は光と変身する

光と影の渦が 舞い踊り

そのステージが 始まる





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ー金沢市 主計町(AM.6:52)晴れー






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2020年08月18日

「 朝の散歩 2020_0818 」






一日にして 成せるものは

あまりにも 果敢ない

積み重ねた毎日が 不動の座を作り

自信に満ちた 顔を作る

無骨なその姿は 気高く美しい






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ー金沢市 本多の森(AM.7:17)曇りー
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2020年08月17日

「 お 盆 」







何故か今も・・・。






小学生の頃、お盆の時期には祖父に連れられて、高松町の親戚が経営している、ぶどう畑へよく遊びに行った。
そこは繊維工場も同時に経営していたので、日頃の自分の生活環境とは違うその組み合わせに、非日常を感じたものです。

ぶどう畑の中に入って見上げれば、限りなく葡萄の天井が続きます。
その砂地の中にある作業小屋の前で、デラウェアを箱詰めするお婆さんの仕事を、ずっと興味深く見ていたものです。

昔は兄弟が多い家が多かったので、その高松の家にも沢山の親戚が集まって昼から宴会が始まります。
初めてビールの味を知ったのもこの宴会の席です。
大人達が面白がって飲ませるのです。
と言っても小学生ですから、舐めた程度。
でも、そのひと舐めの苦いビールの味を、今も覚えているんです。
それは現在も好んで飲んでいるキリンのクラシックラガーでした。

今まで何十年も生きていろいろな経験をしている中、何故かこのぶどう畑のある親戚でのシーンは、今でも鮮明に覚えているのです。
自宅のふすまを取り払って出来た大部屋での宴会、誰もいない繊維工場、そこで昼寝をしている猫、その自宅からぶどう園へ行く為に渡る国道の風や日差し。
全てが昨日の事のように頭に浮かびます。

今は訳あって、もうこのぶどう園も繊維工場もありません。
どこに引っ越されたのかも分からない。

コロナの影響で里帰りも出来ない長男や、気軽に旅行も出来ないこの状況の中、ゆっくり時間が流れていた良き時代のことを、今年も思い出しています。


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2020年08月14日

「 朝の散歩 2020_0814 」






まっすぐ伸びる 一本道

曲がりくねった でこぼこ道

先が見えない 不安と期待

道草もまた 楽し





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ー金沢市 犀川(AM.7:03)晴れー
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2020年08月12日

「 朝の散歩 2020_0812 」






曇り 雨 晴れ

大雨 快晴 灼熱地獄

生きてると いろいろあるよなぁ







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ー金沢市 東山1丁目(AM.6:58)曇りー
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2020年08月11日

「 朝の散歩 2020_0811 」





訳がわからなくなるほど 酔いたくなる

そんな 日があった 若い頃

自分自身が 何者なのかも 分からなかった

歳を重ね 自分の正体が見えてくると

そんな飲み方は できなくなる




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ー金沢市 木倉町(AM.7:07)ー
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2020年08月10日

「 個展の為の時間 」






ようやく楽しくなってきた。





中学生の頃は油絵を習っていました。
その頃は、どんな作風が好きと言う訳でもなく、唯々絵を描くのが楽しかった。

その後成長して、いろいろな展覧会を見るにつけ、日本画のテクスチャーが好きになっていきました。
それに使われている岩絵具や胡粉のザラザラ感がです。

高校に入ってデザインの勉強をすることになり、ポスター制作や広告に興味が湧いてきた。
デザインってのは、人のためにする物なのですが、この頃は結局は自己表現の手段としてしか考えていなかった。

現在は仕事として、デザインもやってはいますが、結局のところやはり自己表現がしたい欲求の方が強いのです。

前にもお知らせした通り、来年1月の個展の為の作品作りをしています。
デザイナーやイラストレーターとしての頭の中をアート仕様に切り替えるのはなかなか面倒なのです。

今年は暇だと思っていたのですが、意外にも忙しい。
まだまだその忙しさは続くのですが、ようやく作品にも少しづづ時間が裂けるようになってきました。

デジタルではなく、生の絵ってのはその作家の制作過程を感じることができます。
それを意識して隠すような絵もあるのですが、自分としてはその筆跡が残ったり、苦労の跡が感じることのできる作品が好きなのです。

現在描いている作品達も正解はありません。
どこで終了すれば良いのかもわかりません。
一度描いた筆跡や混色が気に入らなければ、何回も塗ったり削ったりを繰り返します。
しかし、その過程が絵に深みを与えたり、偶然驚く様な効果を与えたりする。
だから面白いのです。

自分の絵は、ベニヤパネルにツルツルの下地を作って、その上に思いのままに絵具を塗りたくることから始まります。
これらは子供の頃から習ってきた油絵や影響を受けた日本画を合わせた物のように感じます。

自分の経験した人生がそのまま作品になるって言ったら大げさかもしれませんが、結局人は経験した事や見た物を自分のフィルターを通して、表現するしかないのです。

ようやく作品作りが面白くなってきました。



*title : 遠い記憶
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2020年08月07日

「 朝の散歩 2020_0807 」





何かが 覗いている

怖い物だらけの この世を

穴の中から そっと伺う

不信感に満ちたその目達は 鈍い光を放ち

偽りの世を 嘲笑う




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ー金沢市 東山2丁目(AM.7:13)曇りのち雨ー
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2020年08月05日

「 朝の散歩2020_0805 」






水は 流れる道を探し出す

どんなに細く狭い道でも その先を目指し

やがて大河に たどり着く

滞っては いけない

身体を流れる 血も 気も

人もまた

小さな可能性を探し出し 大河をめざす





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ー金沢市 芳斉1丁目(AM.7:14)晴れー





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2020年08月04日

「 朝の散歩 2020_0804 」






生まれ変わったら

違う人生が待っている?

生まれ変わっても 

たぶん 同じことに興味を持って

同じ仕事について

同じ人生を 歩むだろう

それが 自分の魂だから






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ー金沢市 出羽町/国立工芸館(AM.7:23)晴れー
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2020年08月03日

「 浸 食 」





梅雨明けした青空を見ていると、
夏の中に飛び込みたくなります。




昨日は午後から久しぶりにjoyを連れて、カミさんと千里浜へドライブして来ました。

久々の海は気持ちが良かったのですが、それよりも暑い。
なので、車の中からドアを全開にして海を堪能しました。

日本で唯一、浜辺をドライブ出来るこの海岸はとても貴重なのですが、近年ではどんどん波に浸食されて、砂浜が狭くなって来ています。

自分が子供の頃は、今の3〜4倍の幅があったんじゃないかな?昨日訪れてみて、改めて「せまっ!」っと思った。

県もいろいろ対策を打っている様ですが、自然の摂理には敵わないのでは?と思います。
あと数十年後には恐らく車は通れなくなると思うのです。

太古の時代、バラバラだった島が何十億年もかけて移動し繋がり、大陸になったことを考えると、地球にとっては当たり前のことなのかも知れません。

あったものが無くなる悲しさよりもその変化を楽しむ。

そんなことが出来れば幸せなのですが、人間無くなる悲しさの方が強い様に感じます。
年齢を重ねるといろいろ失うものが増えて行くのですか、樹木希林さんの様に、その変化を楽しむ。

まだまだその域には至りません。



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2020年07月31日

「 朝の散歩 2020_0731 」






曲がり角の向こうには どんな世界がある

一歩一歩 進む足音が ポンプのように

その想像の世界を 膨らませる

暗い通りを抜けた その先で出会うのは

魑魅魍魎か 福の神か





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ー金沢市 木倉町(AM.7:20)曇りー
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2020年07月29日

「 朝の散歩 2020_0729 」






一期一会

一生の中で どれだけの人と出会うだろう

数えきれないその中で

偶然出会う 人達

それぞれが 糸を引き合い

巡り合い また別れる

それぞれが それぞれに 必要な人達






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ー金沢市 浅野川(AM.7:08)雨ー
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2020年07月28日

「 朝の散歩 2020_0728 」







手を合わせる

神様を信じるもよし 信じないもよし

その合わせた手は

自分への 誓いと覚悟

自分自身を諭す 時間




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ー金沢市 尾山神社内(AM.7:29)曇りー


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2020年07月27日

「 ポジティブシンキング 」





ネガティブは「注意深い」




ポジティブな人間か?ネガティブな人間か?と問われれば、自分はネガティブな人間だと想います。
いつも明るく、良いことだけを考える、そんな性格には憧れるのです。

この4日間、GO to キャンペーンで、全国の観光地は賑わったそうですね。
ここ金沢も多くの観光客が訪れたようです。

この国の政府は、相当のポジティブシンキング派だと見えて、感染拡大のリスクなどはカケラも頭の中にはないようです。

人生においては、このポジティブシンキングは楽しさや前向きな気持ちをもたらせてくれるのですが、緊急時や災害時はどうなんでしょう?
特に政治家ってのは、先を見る想像力が大事だと思うのです。
尚且つ、このような事態の時には、むしろネガティブシンキングの方が重要なのではないでしょうか?

国民に損害を与える可能性がある状況では、想像力を目一杯に働かせ最悪の事態を考え、それにに備える必要があると思うのです。
国民に感染のリスクを背負わせておいて、それを防ぐ手立てもその後の手立ても何も示さない。
意識的に最悪の事態を考えることを避けているようにも感じます。

最悪のことを考え、その為に準備をする。
それで何も無ければそれはそれで良いじゃないですか。

今までも自分達に都合の悪いことは隠し、誤魔化し、無いことにして来た。
現場の医師達が悲鳴を上げているのに、「医療体制は切羽詰まっていない」と発言する。
相当な自分勝手なポジティブシンキングです。

この状況を打破する為に、一番大切な人々が苦しんでいる。

なぜそこに投資をしないのでしょう?
なぜ積極的な対策を取らないのでしょう?

やってることは、国民に不便を押し付けるだけ。



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2020年07月24日

「 朝の散歩 2020_0724 」







自分の不幸を探す人がいる

与えられても 与えられても

足りないものを 探し出す

自分は満たされていないと 盲信する

今 生かされている自分の足元を 見れば

小さくても 輝く一輪の花に 気づく

心が満たされる





*アザミの花言葉/満足・独立・厳格・復讐・触れないで
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ー金沢市 浅野川(AM.7:57)雨ー








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2020年07月22日

「 朝の散歩 2020_0722 」






美しいものは ゴミにはならない

例えその役目を 終えても

そのオーラは消えず

花とも会話が できる

いつの間にか ステージが用意され

また 視線が注がれる






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ー金沢市 香林坊(AM.7:14)曇りー





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2020年07月21日

「 朝の散歩 2020_0721 」





ポコポコ  顔を出す

叩いても叩いても

次から次へと 顔を出す

モグラ叩きか キノコの山か

叩かれても 叩かれても

そんなことを 忘れてしまうかのように

ポコポコ ポコポコ 

顔を出さずには いられない

ポコポコ ポコポコ

我が道を ゆく







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ー金沢市 丸の内/鼠多門(AM.7:13)曇りー
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2020年07月20日

「 年齢と数字 」






愛犬のjoyが先日3歳の誕生日を迎えました。




人間で言えば、とっくに成人しているのですが、家族にとっては、2歳児がいる様なものなのは変わらないのです。

遊んで欲しい時は、自分で玩具を咥えて持って来るのですが、飽きるとまた別の玩具を次から次へと持って来る。あっという間に部屋の中は玩具だらけになって、当然の事ながら、後片付けはせずにそのまま。

まだウチの子供達が幼かった頃と同じ、懐かしい風景がそこにあります。

犬は人の7倍のスピードで歳をとると言われていました。
でも最近の研究によると、そんな単純な話ではなさそうです。

「犬の実年齢の自然対数を16倍して31を加えた数値が、ヒトの年齢に換算した犬の年齢である」と言う研究論文が発表されたそうです。

その「自然対数」なるものをネットで調べて見るのですが、数学的才能のない頭で考えても、サッパリ解らない。
何しろ、その表を見るとJoyの年齢を人間の年齢に置き換えると、もう49歳らしいのです。
もう中年オヤジ。
それで来年になると、53歳、2年後は57歳、3年後は60歳・・・。
小型犬の平均寿命である15歳になると、74歳になる。

自分はと言うと、15年後は77歳。
とっくに年齢を越されるのかと想いきや、まだまだこちらの方が年上なようです。

人は老いることへの不安や憂鬱を抱えるのですが、当然の事ながら、Joyにはそんなものはありません。
今を楽しみ、今を生きるだけ。
そうすれば、年齢は単なる数字になってしまうと思うのです。

それはお手本にしたいと思うところ。


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2020年07月17日

「 朝の散歩 2020_0717 」







走ることが目的になると 

隠れてしまうものがある

時には 歩いて

時には 立ち止まって

周りを見渡す

心が穏やかになると

顔を出してくれる ものがある






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ー金沢市 JR金沢駅西口(AM.7:22)晴れー
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