2018年05月08日

「 朝の散歩 30_0508 」




閉ざされた 部屋には 何があるのか

恥ずかしい 思い

過去の 過ち

懺悔の数々

そっと 取っておく

誰にも見つからないように こっそりと






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ー金沢 石川県歴史博物館ー(AM.7:24)
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2018年05月07日

「 枝の処理 」






毎年のことなのですが・・・。





我が家のシラカシの木。
今年も落葉と花粉を撒き散らす季節になりました。

冬を越した古い葉を落として、若葉を育てる為なんですね。
毎年のようにこの話題を取り上げて愚痴を言いたくなるのです。
その量が、ハンパないんですから。

以前業者に剪定してもらった後は、ずいぶん落葉の量が減った事があります。

そう言えば、今年の冬の時期に大雪でこの木の枝が折れて落ちそうになり、業者さんに切り落としてもらいました。
「剪定もついでにお願いします。」とお願いしたのですが、「この木は冬に切らない方がいい。」とのことだったので、「春になってからお願いします。」と、頼んでおいた。

それから数ヶ月、未だに大雪時期の請求もないし、剪定の知らせもない。
剪定は置いておいても、支払いが出来ないのは心苦しいのです。

今日あたり、電話して見ようかな?


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2018年05月04日

「 朝の散歩 30_0504 」






濁流をさか上る 鯉

微かにのぞく 青空を横目に見て 真っしぐらに進む

休めば流される その恐怖と戦いながら 泳ぎ続ける

その先に何があるのか 知るすべもなく

ただ ただ 泳ぎ続ける

 



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ー金沢 浅野川ー(AM.9:15)
※本日、浅野川梅の橋付近にて「浅野川鯉流し」が行われる予定
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2018年05月02日

「 朝の散歩 30_0502 」





もう一度

もう一度 やり直せば いい

積み重ねて来たものは

自分の中に 宿る

なくなりはしない

壊れたものの中に 宝はある





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ー金沢 東茶屋街ー(AM.7:04)
落ちたのか?捨てられたのか?ツバメの巣
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2018年05月01日

「 朝の散歩 30_0501 」







白は 包容力

白は 邪悪をも 包み

正義のオーラを 放ち

やがて その命を 終える

白で無くなった 白は

忘れ去られ

その 存在も消される





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ー金沢 金沢城公園ー(AM.7:15)
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2018年04月30日

「 音楽祭 」




ゴールデンウィーク。



この言葉を聞くだけで、何だかウキウキします。
皆さんどう過ごされているんでしょうね。

金沢では以前「ラフォルジュルネ」と言うイベント名で開催されていたクラシックの音楽祭、現在は「いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2018」が開催されています。

何とも長い名前で、お役所が考えるとこうなってしまうと言う、典型的な例にもなるタイトル。
イベント内容を説明しようとするからこんなに長いタイトルになってしまうと思うのですが、言葉の印象やその響きで人々に訴えると言うことが理解できないのだと思います。

まあ、それは置いておいて、このイベントはラフォルジュルネの頃から毎年好評で、ゴールデンウィーク期間中は金沢駅前の「音楽堂」で、様々なプログラムのプロの演奏を鑑賞することはもちろん、街のあちこちで小規模な無料の演奏を聴くこともできます。
今年はマニアの方なら涙を流して喜ぶような有名なアーティストが演奏するそうで、更に観客数も増えそうですね。

このイベントに今年は少しお手伝いさせて頂くことになりました。
地元のイラストレーター5人でこのイベントのキャラクター「ガルガンチュア」をテーマに、記念の絵葉書の原画を描くことになり、その一枚を担当させて頂きました。

どこで販売しているのか、詳細は聞いていないのですが、音楽堂で売っているのは確実ですので、もし訪れる機会のある方は、ちょっと覗いてみて下さい。

もちろん音楽祭も楽しめると思いますよ。

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title : 枯れ"気"に花を咲かせましょう


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2018年04月27日

「 朝の散歩 30_0427 」





美しく咲いた 花を 手に入れたい

その美しさを 自分のものにしたい

凡人は そう思う

でも 自分の花を咲かすことのできる人は

どうしてここで この花が 咲いたのか

花の言葉を聞ける人

その花は 枯れることなく

一生 咲き続ける





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ー金沢 東兼六町ー(AM.7:14)
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2018年04月25日

「 朝の散歩 30_0425 」







相棒

時には 話が合わない時もあるけど

隣にいるのが 当たり前

気を遣ってないように見えて

お互い 気を遣ってる

僕がおじいさんになる頃

君もやっぱりおじいさん

良い茶飲み友達に なれたらいいね






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※悪天候のため、散歩は中止しました。
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2018年04月24日

「 朝の散歩 30_0424 」







刻(とき)は 流れる

残るもの 忘れ去られるもの

今だから 輝くもの

時代を経て 輝くもの

どちらも尊い






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ー金沢 主計町ー(AM.7:05)
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2018年04月23日

「 キャッチボール 」







「心のキャッチボール」って言葉があります。






まだ小学生だった頃、当時金沢大学の事務局に勤めていた父の当直明けの日のこと。
当時、今の金沢城の中にあった金沢大学に母に連れて行ってもらって、そのグランドで父とキャッチボールをしたことがあります。
その日目に映った映像や様子は、今でもハッキリと頭の中に残っています。

学生の頃に野球をやっていた父は、得意げにボールを投げかけて来ました。
自分はと言うと、ボールを取り損ねて後ろにそらし、遠くまで取りに行くことがほとんどだったと思うのですが、やはり楽しかったのだと思います。

何を会話するでもなく、ただボールを取り合うだけのキャッチボール。
でも、そこには父から子へ、子から父へのメッセージが込められているような気がします。

「大きくなったな」
「でも、まだこの球は取れないだろう」
「早くこの球を取れるように大きくなれ」

「お父さんはすごいね」
「でも、もう少し手加減してよ」

心の中では、そんなことを言っているようにも感じます。
人それぞれ感じることは違うでしょうが、父と子のキャッチボールは色々な会話が成り立っているように思うのです。

自分の息子達とのキャッチボールは、正直言ってあまり記憶がありません。
と言うのも、二人の息子達は小学生の低学年から学童野球をやり出して、自分とはキャッチボールをやる時間があまり取れなかった。

唯一覚えているのは、長男が高校生になってからのキャッチボール。
長男は高校でも野球をやっていて、控えではありましたが、ピッチャーをやっていました。
良い回転で飛んで来るその球は中々の速いボール。

その頃になると自分は歳を取るし、肩がうまく回らなくなったりもするし、投げ方を忘れもします。
息子に教えてもらいながらのキャッチボール。

遂には、硬式のボールでピッチングをやりたいと言い出す。
さすがに石のように硬い物を全力で投げかけられて取る自信はないので、遠慮させてもらった。

今、改めて息子達とキャッチボールをやって、どんな心の会話ができるのか?
興味津々ではありますが、こちらが果たしてボールを投げることができるのか?

そこが問題だ。


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2018年04月20日

「 朝の散歩 30_0420 」






散歩が出来ない日

ほっとするような

悔しいような…

また 来週

頭も 身体も 鈍らないように





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ー金沢 自宅ー(AM.8:20)


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2018年04月18日

「 朝の散歩 30_0418 」







地球の生命(いのち)は 水の命

百数十万という 命の種類も

元を正せば 同じ一滴の水から

今朝の恵みの 一滴が

過去と未来を 繋ぐ






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ー金沢 主計町ー(AM.7:21)
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2018年04月17日

「 朝の散歩 30_0417 」







「遅咲き」と言う言葉で 心を撫でる

 一時しのぎの 安堵感
 
 若い頃

 咲かせた造花は タネもなく 

 その場限りの 徒花か

 隣の若い芽を見て 羨むばかり




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ー金沢 丸の内ー(AM.7:16)
 

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2018年04月16日

「 Joyの様に 」







トコトン集中できること。






ジャックラッセルテリアの「Joy」と暮らすようになって5ヶ月。

相変わらず、家の中は笑い声が絶えません。
犬と言う生き物は何に対しても一生懸命で、今を全力で生きているからこそ、間抜けなことが起きたりもします。
そこがクールな猫と違って、可愛いところでもあります。
テーブルの下からジャンプして椅子に座っている人間の膝に乗ろうとして、テーブルの下に頭をぶつけたり、興奮して部屋の中をグルグルと全速力で走り回ったり、人の股間をこれでもかと前足で掘ったり。

そして、何でもかんでも遊びにしてしまう。
こっちが焦れば焦るほど、向こうは面白がる。

ペットボトルを咥えて逃げ回るのも大好きです。
基本犬は、自分にとって楽しいことしかしないのです。

自分の周りで成功している人達をみると、やはり自分の好きなことをトコトン一生懸命にやっている人達です。
そんなことをJoyを見ていて改めて思います。

もう少し自分の仕事に対して「好きな気持ち」を表現できたらと思うこの頃です。


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2018年04月13日

「 朝の散歩 30_0413 」







先人の通った 階段を見る

習うことはできるが

同じには 上がれない

自分の階段は 自分で作るしかない

その 手垢やサビは その人だけが通った証

その人の足跡






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ー金沢 桜町ー(AM:7:13)
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2018年04月11日

「 朝の散歩 30_0411 」







祭りのあと

その 足跡 記憶 匂い

残されたものが 虚しさを誘う

いっそ 何も残らない方が 明日に向かえる

だから人は 要らない記憶を 捨てる能力を持っている





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ー金沢 主計町ー(7:14)
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2018年04月10日

「 朝の散歩 30_0410 」






不運の塊はない 幸運の塊もない

人は その両方をまとって 生まれて来る

大吉も 大凶も 

あって 当たり前の人生

人の幸運は見えるが 

自分の幸運は 意外と見えない






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ー金沢 金沢神社ー(AM.7:15)
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2018年04月09日

「 応援すること 」







そんなに熱くは応援できません。





スポーツを見ることは好きです。
とは言っても、テレビでの話ですが。

現場まで出かけて行ってプロの試合を見ることはほとんどありません。
あれ?そう言えば最後にスポーツ観戦をしたのはいつだろう?
多分、息子が学童野球をやってた頃にそのチームで見に行った中日VS横浜の試合じゃないでしょうか?

となると、もう20年も前ってことになるのかな?

サッカーでも、野球でも、そのサポーターや応援団の様子がテレビでも見ることができます。
その度に感心するのですが、他人(ヒト)のためによくあそこまで熱くなれるなぁと。
いや、皮肉でも何でもなく、純粋にそう思うのです。
身内でも何でもないのに。

昔、映画「ロッキー」を作ったシルベスタ・スタローンは、ボクシングを応援するその観客に感動して、この映画を作ったと言います。
まさしく自分も同じ感覚に襲われることがあるんです。
応援するその姿に感動してしまう。

自分の場合は「他人を応援する暇があったら、自分を応援する」となってしまうのですが、
他人を応援することによって、自分を応援することに なっているのかもしれませんね。

でも、未だにその感覚は分からないでいます。



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2018年04月06日

「 朝の散歩 30_0406 」






朽ちる 錆びる

時が 自然の摂理が 創造する

エネルギー溢れる 時も

無になる それを知って

美く 輝く





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ー金沢 浅野川ー(7:08)
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2018年04月04日

「 朝の散歩 30_0404 」





桜の頃に 旅立った人を 想う

時間が 想い出を清め

綺麗な 花達を咲かせる

一年前の 今日を思い 

その散り行く姿を 思い浮かべ

寂しさを 覚える





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ー金沢 大手町ー(AM.7:10)
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