2018年04月03日

「 朝の散歩 30_0403 」






美しい姿は 立ち姿

美しい姿は 後ろ姿

美しい姿は 控えめな 心

美しい姿は 潔さ





sa_30_0403.jpg
ー金沢 主計町ー(AM.7:26)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年04月02日

「 貯まらない 」






「天下の回りもの」は回りすぎて・・・。





自分の愛車はもう15年も乗り続けているミニバン。
キャンプに便利な様にと買ったのですが、どちらかと言うと、両親の介護や子供達の引越しに活躍した様に感じます。

今年車検なんで買い替えも考えたのですが、どうも大枚を払ってまで欲しい車が見あたらない。
と言うか、もうあまり車には興味が無くなってしまったと言うのが本音でしょうか。

若い頃はいい車に乗ってドライブすることが夢でもあったのですが、お金の使いどころが変わってしまったのだと思います。
30代の頃は随分とメンテナンスにお金のかかるスウエーデン製の中古車に乗っていました。
家を建てることになって、返済を考えてそれを手放し、3人の子供達の大学の学費やらで、何かと出費を減らす生活になったものですから、高額商品に手を出すことにためらいを持つようになってしまったってこともあります。

ようやく3人の子供達の最後の一人も昨年から社会人になって、固定費も減ったのですが、それに合わせるように仕事の数も減って来た。
上手く出来てるものですね。

以前、占い師に自分の人生を見てもらった事があります。

「あなたは、お金を貯めることはできません。」
そう言われました。

今までの人生を振り返ってみると、確かにお金が入った時には何か使わなければならない事態が起こっているし、何かをやりたいと思った時には収入はすくない。
やはりお金には縁のない人生なのだと感じます。

いや、でも逆に考えると、運命的にお金が必要な時は前もって収入が増えて、必要ない時には収入が減ってるってふうにも思えます。
ものは考え様です。

そんな愛車は今月7回目の車検。

大きな物も運べて、使い慣れた便利な車との生活は、まだまだ続きそうです。


tamaranai.jpg


syuppan_cm02b.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月30日

「 朝の散歩 30_0330 」






桜 桜と 世間は騒ぐ

ちょっとばかし 大柄で

ちょっとばかし 色気がないけど

こっちは こっちで 花咲かす

精一杯 生きてる

少しは こっちも見てくれよ




sa_30_0330.jpg
ー金沢 東山ー (AM.6:50)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月28日

「 朝の散歩 30_0328 」







無数の枝分かれ

人それぞれ 違う形の枝を 持つ

昨日の枝には 戻れない

明日に進むのみの 枝分かれ

だから 後ろを振り返らず

先を見るしかないでしょう





sa_30_0328.jpg
ー金沢 広坂ー(AM.7:15)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月27日

「 朝の散歩 30_0327 」







点は繋がり 線となる

線は繋がり 面となる

面は世界を 覆い

風と共に それを動かす

点の力は 無限に





sa_30_0327.jpg
ー金沢 卯辰山 工芸工房前ー(AM.7:25)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月26日

「 お花 」







ようやく春が来たようです。





そしてもうしばらくすると、ここ金沢でも「桜」の季節がやってきます。

母が亡くなって早一年。
桜を見るたびに思い出すように、法名には「桜」の文字が入っています。

桜に限らず、お花には人を和ませる力があると思うのですが、昨日母の友人からお花が届きました。
一周忌の御前んにお供えして下さいとのメッセージと共に。

何かにつけて、人は人にお花を贈ります。

めでたい時は更にその場が明るくなるように。
悲しい時はその慰めに。

植物は人の邪気やマイナスのオーラを吸い取ってくれると聞いたことがあります。
なぜか植物を置いてもすぐに枯れてしまう場合は、その部屋にはマイナスの気が充満しているのかも知れません。

本当の話かどうかは分かりませんが、人が花に惹かれるのはそんな事もあるのかも?と思ってしまいます。

人間も、その人がいるだけで場が明るくなるって人がいます。
そんな人の周りには人が集まります。
人の器の大きさってのはそんな事なのかも知れません。
他人の邪気を吸い込んでもビクともしない。
そんなものをいくら持ち込んでも、まだまだ器の余裕がある。

自分の器と言うと、自分の事だけで精一杯。
満杯状態です。


ohana.jpg

syuppan_cm02b.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月23日

「 朝の散歩 30_0323 」






春を待つ

早く来いと 皆で手を広げ 

温かいを 催促する

もうすぐ あと少し

明日の空は 何色か





sa_30_0323.jpg
ー金沢 常盤町ー(AM.6:58)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月21日

「 朝の散歩 30_0321 」





誰でも ツボミの頃はある

大輪の花を咲かし 世界の視点を集める

そんな夢を 見る

一番血が踊り 一番 幸せな頃





sa_30_0321.jpg
ー金沢 東山3丁目ー(AM.7:25)



posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月20日

「 朝の散歩 30_0320 」







一本の糸で 繋がって

あっちへ ぶらぶら

こっちへ ぶらぶら

腰巾着は 気楽なもの

自分のことを 棚に上げ

金魚のフンを 馬鹿にする





sa_30_0320.jpg
ー金沢 袋町ー(AM.7:25)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月19日

「 結婚式 」







戸惑いながら、プログラムに従って。






結婚式ってものに久々に出席させてもらったのですが、自分達の頃とはまったく違った演出に驚きでした。
そりゃそうだ、もう33年も前のことですから。

予定時間の中を隙間無く埋められたプログラム。
非日常的な空間で創られる、きらびやかな演出。

多分、若い方々はこれに慣れているのでしょうが、こちらは初体験。
戸惑いながらも、その流れに身を任せます。
その流れの訳は、一番最後のこの式を録画したビデオを見て「なるほど」と思いました。

全ては、このビデをを作るための材料だったんですね。

式場の階段を降りながらのフラワーシャワーも、白いオープンカーでの登場も。

自分の子供達は未だ結婚の予感の欠片もありませんが、どんな結婚式をあげるのか?
こんな夢のような結婚式も良いけれど、こじんまりとした手づくりで温かい、そんな式をあげてくれればと、親父は思うのです。

でも、女性はこれくらいキラキラした夢の世界が欲しいんでしょうね。



kekkon.jpg

syuppan_cm02b.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月16日

「 朝の散歩 30_0316 」






出番がない 雨の日

夢を見る

青空の下を 風を切って 走る

雲と一緒に 走る

やがて タイヤは軽くなり

空へと 吸い込まれ

虹の橋を渡り 胸は高鳴る

「冷たい!」

一滴の雫が 現実へと引き戻す





sa_30_0316.jpg
ー金沢 東山ー(AM.6:57)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月14日

「 朝の散歩 30_0314 」







丸がいい

三角よりも ×よりも

丸がいい

Noよりも Yesがいい

人を許せる人が いい





sa_30_0314.jpg
ー金沢 金沢城公園 内ー(AM.7:18)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月13日

「 朝の散歩 30_0313 」






朝日が 道を照らす

どこに繋がる 道なのか

目に映るものすべてが 道しるべ

枝分かれの道が 現れては消える

その見えない先は 見ないよう

光が差す その道を信じて進む




sa_30_0313.jpg
ー金沢 尾張町ー(AM.7:17)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月12日

「 学習机 」








良いものは残したくなる。






家族の部屋の入れ替えをしなくてはいけません。
両親が亡くなったこともあり、その空き部屋を息子用として使うため。

手狭だった息子の部屋に小学校入学時にオジイちゃんオバアちゃんから買ってもらった学習机があります。
今はどうか分かりませんが、当時の学習机と言えば板が分厚くて、頑丈で重いガッシリした机。
高校や大学に行っても使えるようにとの思いがあるのだと思います。

ただでさえ狭いその部屋にあるゴツい机は、今では物置代わりにしかなっていません。
机が机として本来の仕事をしていないのです。
見た目も不格好で、置き場所に困るようなもの。

以前から処分しようと思っていたのですが、両親が生きている間はなかなか捨てようにも気を使って捨てる事ができなかった。
この机も決して安くはなかったはずですから。

良いものを買って、長く使う。
その思想は歳を重ねるごとに強く思うようになります。
でも、この狭い日本の住宅事情ではなかなか難しいことのように感じます。
取っておくその場所さえないのですから。

それに、コロコロ流行が変わるこの日本の文化の中では、何世代にも渡って同じ物を使う習慣もありませんし、若い頃から飽きのこない伝統的なデザインを好む人達もいないでしょうしね。

以前に21世紀美術館での展示で、ゴミ置き場から拾って来た粗大ごみを部屋一面に積み重ねた展示がありました。
それと対比するように、別の展示室には、過去からのヒットしたデザイン物の展示。

この対比の意味は、「良いデザインのものはゴミにはならずに残る」と言うことのメッセージでした。

良いデザイン。

それは環境問題にもつながり、また人を楽しませることにもつながります。
デザインの力は偉大です。


gaku_tukue.jpg

syuppan_cm02b.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月09日

「 朝の散歩 30_0309 」






蔵は 隠すの意

誰もが 大切なものを 隠し持っている

自分でも気が付かない 隠れた才能も・・・

それを表に引き出す 扉の鍵は

ある日突然 目の前に現れる




sa_30_0309.jpg
ー金沢 東茶屋街ー(AM.6:50)

posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月07日

「 朝の散歩 30_0307 」





雲のマフラーは そろそろ 外そうか

お日様は そう言って それを解き始めた

白やグレーのコーディネートは もう飽きた

ピンクや 黄緑 スカイブルー

パステルカラーの ドレスが着たい

鏡に映して 思案中




sa_30_0307.jpg 
ー金沢 田井町ー(AM.7:15)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月06日

「 朝の散歩 30_0306 」








留まるのか 旅立つのか

停留所の椅子は 枝分かれ

迷う自分が座る 最後の椅子

どちらにしても そこを立つ時が来る

決めた道が 最良の道





sa_30_0306.jpg
ー金沢 香林坊ー(AM.7:20)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月05日

「 もう?まだ? 」






年々時の経つのが早くなって行くのです。





もう一月ほどで、桜の花が咲き出します。
花びらが散って、その無数の花びらを掃除するのに苦労していたのが、ついこの間のように感じます。

忙しくても、暇でも、その時間の加速は変わりません。
普通に寿命を考えると、今まで生きて来た時間の1/3ほどの時間しか生きることはできないでしょうし、それはこれからどんどん短くなって行くのですから、当然です。

・コップの水がもう1/3しか残っていないと考えるのか?
・まだ1/3も残っていると考えるのか?

そんなプラス思考を考える例え話をよく聞きます。
しかしこれを人生にあてはめると、結局生きると言うことは、どちらにしても素晴らしい事だと言うことになります。

「もうこれだけしか生きられないのか?」と思えるって事は、今までの人生が良かった証拠でしょうし、「まだ」と考えても、残りの人生をまだ楽しみたいと思える証拠。

「もう」と感じるのも「まだ」と感じるのも結局「今」が大事。


mou_mada.jpg

syuppan_cm02b.jpg
posted by JUNICHI ICHIMURA at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年03月02日

「 朝の散歩 30_0302 」






殿様は 世間を180°見渡せるように 

菱形の櫓(やぐら)を造った

現代の国の長は はたしてそれをしようとしているのか?

一方向だけ 見えるように

競走馬の 目隠しを付け

耳栓を付け

高い 櫓からの風景だけを見る


低い草木や 虫を見ようとしているのか

鳥の声や 風の音を 聞こうとしているのか






sa_30_0302.jpg
ー金沢 金沢城公園ー(AM.7:20)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年02月28日

「 朝の散歩 30_0228 」







満天の光を放てる者は 少ない

蝋燭の炎のような 危うい光

雲の目隠し越しの おぼろげな光

眩し過ぎる 光より

その光に 人は心を動かされ 美しさを学ぶ

光続けようとすることに 人は感動する







sa_30_0228.jpg
ー金沢 主計町ー(AM.7:25)
posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記