2017年06月28日

「 朝の散歩 29_0628 」







陽の光も 浴びず

ドロの中で ひっそり こつこつと

輝くような 美しい花を咲かせるには

そんな時間も 必要






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ー金沢城 内ー
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2017年06月27日

「 朝の散歩 29_0627 」






何百年も ここにいる

苦労は 何百倍もした

見たくないもの 何百倍も見た

幸せ 何百倍もあった

ずっと見ていたいもの 何百倍もあった

今の世の中 退屈すぎる




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ー金沢城 本丸の森ー
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2017年06月26日

「 散歩の意味 」





散歩が好きです。




散歩の「散」の字の意味を見ると、「ちる・ちらかす」の他に、「とりとめがない・しまりがない」と言った意味が並びます。もちろん散歩に当てはまる、「気ままである・ぶらぶらしている・ひま」と言った意味もあります。

これらを総合的に考えると、「しまりがなく集中していない」って意味になるのかな?

でも自分がやってる朝の散歩は、結構しまりがあって、集中してるんです。
何か綺麗に切り取る風景はないかと、目をギラギラさせて見たり、筋肉をなるべく使うように坂道を選んだり。だからほどほど頭も身体も疲れる。

じゃあ散歩じゃないんじゃないか?とも考えるのですが、心を解放するって意味では散歩してるんです。

何の縛りもなく、自由にイメージの中を散歩出来る。

アートするってことも、これに似ているのかも知れないのですが、これだけじゃ人の心に響く物は創れないですね。強いメッセージがないと。

毎週このブログに描いているイラストも、単なる落書きに過ぎない。「散歩」の域を脱しない。

でも、筋肉と同じように、毎日ちょっとずつでも続けるとちょっとずつその意味は変わってくる。




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2017年06月23日

「 朝の散歩 29_0623 」






階段を

一歩一歩 じっくり踏みしめたり

二段飛びで 登ったり

振り返えれば

その階段は ずいぶん遠くに見下ろせる

今はちょっと 一休み

でも 上を見上げて また登る





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ー金沢 W坂 (AM.8:00)ー

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2017年06月21日

「 朝の散歩 29_0621 」








通りゃんせ 通りゃんせ

ここは どこの 細道じゃ

ちょっと 通してくだしゃんせ

御用のないもの 通させぬ

確かに 御用はないけど

通ります







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ー金沢 能楽堂入り口(AM.7:30)ー
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2017年06月20日

「 朝の散歩 29_0620 」







謎めく もの

そこには さまざまな 物語が生まれる

「迷い」「危機」「出会い」「感動」

森を行く

人生を往く





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ー金沢 卯辰山(AM 7:10)ー
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2017年06月19日

「 頂いたものは、また誰かに・・ 」





犬も飼いたいのですが・・。




小学生の頃、拾って来た犬を飼っていました。
その子犬は真白で、とても利口そうな綺麗な顔立ちをしていたので、シロと名付けました。

母親は反対したのですが、無理にねだって許しを得たのを覚えています。

当時は犬を家の中で飼うという習慣がそれほどなかったので、父親が日曜大工で犬小屋を作って、裏庭に置いてた。
フェラリアの予防接種なんてものもしなかったから、それで死んでしまったんですけどね。

今でも夏に裏庭の掃除をすると、何箇所も蚊に刺されるのに、当然と言えば当然なのです。
でも、当時ウチはそんなに裕福でもなかったし、ペットにそれだけお金をかけるつもりもなかったんでしょうね。

それ以来、ウチではペットらしいペットは飼うことはなく、現在に至っているのですが、父親は生き物を飼うのが好きだったようで、それ以前にも文鳥を飼っていたし、シロが亡くなった後も、熱帯魚を飼っていました。
そんな自分も現在メダカを飼っていることを考えると、やはり親子だと感じます。

無償の愛ですね。
相手からは何の見返りもないのに、気になるし世話をやきたくなる。

人は、愛情を人からもらわないと生きては行けないけれど、またその貰った愛情も、誰かに分け与えないと生きてはいけないんでしょうね。

愛でお腹がいっぱいになったら、誰かにそれを分ける。
空いた所にはまた誰かが愛を注いでくれる。


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2017年06月16日

「 朝の散歩 29_0616 」







去年 道ばたで 出会った 一輪の野花

今年は 家族が大勢増えていた

大家族になった その花は

誇らしげな 顔をして

どう 立派になったでしょう?

     ※

ウチは 家族が減るばかり





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ー金沢 東山1丁目ー
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2017年06月14日

「 朝の散歩 29_0614 」









暴走 氾濫する自由は 美しくはない

決められた 枠の中を 自由に遊ぶ

そこに 美しさが 生まれる

その枠を作るのは 自分自身

その作業ができる

それが 自由






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ー金沢 しいのき迎賓館ー
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2017年06月13日

「 朝の散歩 29_0613 」







鮮やかに囲まれた 鮮やかは 存在がない

引き立ててくれる もの 人

その中で 一層輝く

闇もまた

輝きの影で 奥深く 静かに 沈みゆく






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ー金沢 尾山神社ー
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