2018年07月13日

「 朝の散歩 30_0713 」








規則正しい毎日は 疲れる

不規則な毎日は ダラける

規則正しい 崩れがいい

思いがけず 笑えるカケラがあれば

尚のこと いい






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ー金沢 成巽閣 近くー(AM.7:37)
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2018年07月11日

「朝の散歩 30_0711 」






道端で微笑む 可愛い少女

一花咲かせよう なんて思わない

ただ いつものこの場所で

道ゆく人に 微笑みかける

笑顔になる

それだけでいい





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ー金沢 浅野川ー(AM.7:06)
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2018年07月10日

「 朝の散歩 30_0710 」








全ては 家族のため

愛する人のため

飛行機雲は 何を語る

戦争を知らない 果報者は

想像の空を 想う





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ー金沢 石川護国神社ー(AM.7:22)
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2018年07月09日

「 温暖化の牙 」






10年前の洪水を思い出す。





ここ数日の集中豪雨での洪水。
西日本で多くの犠牲者が出ました。
浅野川の辺りに住む自分の環境を考えると他人事ではなく、毎年大雨が降るたびにビクビクしているのです。

本来の日本の四季はどうなってしまったんでしょう。
毎年のように「何十年かに一度の災害」と発表されていますが、もう日本の気候は亜熱帯のようになってしまった。
これが当たり前だと考える方が正解なのかも知れません。
もう「何十年かに一度」ではなく、毎年の事と危機感を持つべきなのでしょうね。

昔、小松左京さんが書いた「日本沈没」という小説で映画化もされましたが、最近の地震や水害を見ていると、沈没はしなくても日本人が暮らす場所は無くなってしまうのではないかと危機感さえ感じてしまいます。

今回は気象庁も迅速に避難指示を発令したようですが、被害者が大勢出てしまった。
自分の身になって考えると、やはりまさか自分の住むこの家が流されたり、水没したりと言うことは考えにくく、ついつい避難が遅れてしまうのだと思います。

自然が相手に完全な防衛はできない。
それを改めて教えられた今回の災害。

温暖化の牙は無情に人々を街を地球を襲う。
その対策はもう手遅れなのでしょうか?


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2018年07月06日

「 朝の散歩 30_0706 」







燃える・熱い・力・輝く・目立つ

赤の 生き方

赤の 命

赤の 使命






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ー金沢 浅野川ー(AM.7:23)

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2018年07月04日

「 朝の散歩 30_0704 」







空が 重い

耐えきれなくて 落ちてくる

厚い雲は 心を 押しつぶす


黒い重圧の 隙間を見つけるように

地に 這いつくばって もがく

必ずある 出口は ある








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ー金沢 主計町ー(AM.7:11)
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2018年07月03日

「 朝の散歩 30_0703 」







夜明け前は 全てが止まって見える

木々も 流れも 草木も眠る

山の背から 光が射すとき

全ての 命が 動き出す

また 1日が 始まる





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ー金沢 浅野川ー(AM.5:51)
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2018年07月02日

「 若冲と光瑤 」






県立美術館の「若冲と光瑤」を見て来ました。





「若冲」は作品集も持っていて、その素晴らしさはよく分かっているのですが、「光瑤」の作品を見るのは初めて。
1700年代に生まれた「若冲」と1800年代に生まれた「光瑤」をなぜ同じ空間で展示するのか?と言う単純な疑問を持ちながらの鑑賞でしたが、なかなか面白かったです。

二人は同じように、鳥をモチーフにする事に共通点がありますが、「光瑤」は、「若冲」に憧れてその作品の模写までしてるんですね。
一見同じ様なスタイルに見えるのですが、実は正反対の表現をしているんです。

日本の美学は、余計なものを削り取って究極に突き詰める表現。
西洋のそれは、ゼロから足して作り上げて行くもの。

また日本人は自然を愛し、自然と共に生きることを喜びとするのに対して、西洋の文化は自然を征服して来た文化。

「光瑤」は若い頃に西洋美術の影響も受け、その独自の作風を作り上げたと年表にも書いてありました。

自分個人としては、日本人古来の感性で描かれた「若冲」の絵が好きなのです。
間を生かし、全体を描き込むのではなく、力を抜く所はサラッと描く。
簡略化し、まるで現代のグラフィックデザインのように描かれた物も。
その構図も、たとえそのフォルムを黒一色で塗りつぶしても美しく感じることでしょう。

見ていてとても気持ちいいのです。

帰宅してからいろいろ考えたのですが、人の生き方にも通じるのかも知れません。
60歳を迎えて、自分にとって必要なものとそうではないもの。
それらを振り分けて生きることが上手な生き方であり、自分にとっての無駄を省いたその生き方のフォルムも美しく見えるのではないかと。

本当に大切な物はなんなのか?
そんな事もついでに考えさせられました。


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★「若冲」に促されて描いてみた。

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posted by JUNICHI ICHIMURA at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年06月29日

「 朝の散歩 30_0629 」







迷宮の世界の扉を 叩く

現実を離れ 迷うことを 楽しむ

くれぐれも 落とし穴にはハマらないように

その出口は 夜明けと共に現れ

一度の瞬きで 夢の世界は 終わる

朝の空気が その扉を消し去る





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ー金沢 片町ー(AM.7:29)
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2018年06月27日

「 朝の散歩 30_0627 」






空は 動く

地上の時間が 動くことなど関係ないと

無関心に おおらかに

あくびをしながらの

高みの 見物






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ー金沢 天神橋ー(AM.7:01)
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